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4月30日の診療、およびGWの診察日について

Posted in お知らせ on 4月 27th, 2013 by ichiro – Be the first to comment

4月30日火曜日は、本来休診日ではありますが、
29日の月曜が祭日であるため、
午前10時から13時半。
午後15時から19時半の間、診察いたします。
よろしくお願い致します。
 
また翌5月1日水曜日、2日木曜日も通常通り、診察いたします。
5月3日から7日まで休診とさせていただき、
8日水曜日、9日木曜日、10日金曜日は、
いずれも
午前10時から13時半。
午後15時から19時半の間、診察いたします。
11日土曜日は、本来第2土曜であるため休診日ですが、
10時から15時まで診察いたします。

よろしくお願い致します。
 

 
写真は子鍬倉神社(通称けんしゃ)より

期せぬよろこび

Posted in ブログ on 4月 27th, 2013 by ichiro – Be the first to comment

火曜日、ちょっとした時間ができて、クリニックまわりを散歩。
今週末の、子鍬倉神社(通称けんしゃ)の祭祀のノボリに誘われ、階段をあがると、
 

 
期せぬさくら
一足おくれの八重桜
 

 
うれしい
 
小一時間あるので、
お昼休みの熱気うずまく、小中学校のまえを横切り、
飯野八幡宮(通称はちまんさま)へ。
 

 
こちらにも八重桜があったとは。
いま発見!
子どものころには気づかないものだ。
鼻を寄せると、
ほのかに香る。
小6のとき、写生会の場所がここで、
神宮を組む、寄木の一部分だけを木目まで詳細に描いた自信作を、
ほめられるどころか、
「お前は馬鹿か」
と阿呆あつかいされたことを思い出す。
 
クリニックへの戻り際、
いつもと違う小路に入ると、
これまた、とあるノボリを発見。
低い暖簾の古めいた食堂。
こんなところにあったとは。
おそるおそる注文すると、
お年を召されたご夫婦が、
丁寧に食事をこしらえてくれた。
 

 
初夏を思わせるあたたかさに誘われ、
まだ4月だが、
今季初の冷やし中華。
 
うまい!
 
期せぬよろこび
ありがたし

松が岡公園、満開です。

Posted in ブログ on 4月 6th, 2013 by ichiro – Be the first to comment

当院の幼樹(さくら)も昨年に続き、
ぶじ開花し、
 

 
低気圧接近の予報を受け、
診療のあと、公園の坂を駆け上ると、
松が岡のさくらも満開だった。
 

 
遊具が取り払われた公園は、
広々と、
どことなく大人びて見え、
少しさびしいような気がしないでもないが、
あの、トンネルをくぐるメインアトラクション、
豆電車の軌道の跡を、
ぐるりと辿る。
  

 
と坂下の広場に遊具を見つけた。
これは隣の砂場とともに、
自分が幼児のころからこの場にあったものだ。
間違いなく。
するすると、
この赤いまんなかのぼうをつたって下りる遊びを、
繰り返したことを思い出す。
誰もがみな、消防士になりきって。
  

 
40年。
何度か塗り替えられたことだろう。
もうすべり下りることはできないが、
ありがたい。
散りゆく花びらにこころを奪われることなどなかったころが、
あまりにも遠く、
なつかしい。

3月19日火曜日は、

Posted in お知らせ on 3月 10th, 2013 by ichiro – Be the first to comment

3月19日火曜日は、本来休診日ですが、
翌3月20日が、祝日につき休診のため、
10時から13時半、15時から19時まで、診察致します。
よろしくお願い致します。

三回忌~復興エイサー

Posted in ブログ on 3月 10th, 2013 by ichiro – Be the first to comment

9日には、いわき市平古鍛冶町にある菩提院で、
東日本大震災の3回忌法要、追悼の祈りが捧げられた。 
                    

ここ菩提院は、いわきからじゃんがら念仏踊りを琉球に伝えたとされる
袋中上人が開山した寺院として知られ、
その縁もあり、エイサー隊が当日は駆けつけ、
供養に参加してくださった。
       

菩提院は当クリニックから
踏切を渡ってすぐのところに位置しており、
私も自転車で、向かった。
   


   
南無阿弥陀仏。
何もできない、歯がゆさのなかで、この2年間、お聞きした、
多くの方々の苦悩、悲しみを、思った。
     


    
今日10日には、いわき市が誇るエイサー隊
「いわき美らティーダ」が、復興したばかりの道の駅「よつくら港」で、
エイサーを披露してくれた。
強風ではあったが、沖縄の空を思わせるほどの晴天のなか、
3歳の子も、華麗な衣装で、
パーランクー(小さな太鼓)を叩いている。
    


  

四倉、久ノ浜の海岸線も、津波で甚大な損失を受けた。
20㌔北は、警戒区域で、いまだに立ち入りさえ許されていない。
  

   
クリニックすぐ近くの菩提院を開山した、
袋中上人は、経を学びに、中国に渡ろうとして、
遠く琉球にたどり着いた。
あやまって漂着した琉球で、
故郷の踊りを、広めてくれた。
  
海は、
原発の南に位置するこのいわきから沖縄まで、
遠くても、確かに、つながっている。
  
空も、
どこまでも限りなく、つながっている。
  
もちろん、
生命も。
        
        

すごい映画でした。

Posted in ブログ on 2月 12th, 2013 by ichiro – Be the first to comment

いわきぼうけん映画祭の後夜祭かつ、
ポレポレいわき映画祭前夜祭りを兼ねた企画で、
「この空の花~長岡花火物語」が、いわきアリオスで上映された。
兼ねてから観たかった映画でもあり、
大林宣彦監督のトークショーもあるとのことで、
強風のなか、よろこびいさんで出かけました。

映画は、戊辰戦争からパールハーバー、
太平洋戦争末期の長岡大空襲、広島、長崎の原爆投下、
アメリカによるビキニ環礁での水爆実験、そして東日本大震災。
 
時間と空間、個人や国籍を超えて、圧倒的な情報量が、
たたみかけるようにスクリーンに投影される。

あたかもそれは、自由連想のようで、無意識の連鎖のようで、
現代を生きる自分たちが、目を背けずに向き合わなければならない、
目を背けようとすればするほど、決して背けるわけにはいかない、
現実よりも、リアリティのある、
悲しくも、豊穣で、重層的な世界でもあった。
              

ちょっと何を書いているのかわからなくなってしまった。
大林監督の無意識が、戦後を生きる私たちの無意識、
さらにもっと大きな意味での無意識につながるとでも言ったらよいか。
       

上映のあと、監督は予定より30分オーバーし、
90分間も、熱く、想いを話してくれた。
想像力を喚起すること。
鎮魂の長岡の白い花火が、
姉妹都市となったホノルルの、
パールハーバーでこれから打ち上げられようとしていること。
子どもたちにこそ、この映画を観てほしいこと。
映画を観終わった5歳の子が、
「ぼく、生きているの?」
と問うたということ。

そして主催した「いわきぼうけん映画祭」と
「ポレポレいわき」の太っ腹ぶり。
160分の映画と90分のトークショーが1000円で観れただけでなく、
後日、このチケットで、
あと3作の映画を、
いわき駅前の映画館「ポレポレいわき」で、観ることができるというのだ!
しかも単館でしか観ることのできない、
垂涎の映画がそろっているではないか。
ありがたし。
これでこそ「ポレポレ映画祭」である。
来週も時間を見つけ、映画館に行かなくては、である。

さらに暗くなった帰りには、
観覧者全員、
こんなお菓子をいただいた。
長岡から上映の応援にかけつけた、青年団によるものだ。
ありがたし。
長岡の、
真っ白い花火が目に浮かぶ。
アリオスを出た、
澄んだ夜空には、
オリオン座がくっきりでした。

第4回いわきサンシャインマラソン!

Posted in ブログ on 2月 10th, 2013 by ichiro – Be the first to comment

今日、10日のいわきは、
よく晴れた暖かい一日でした。
昨年同様、申し込みが遅れ、
第一回以来のサンシャインマラソンへの出場を逃しており、
(2年連続で参加者多数のため、早々に応募が締め切られた)
仕方ないので、ひとり、
いわきから湯本、さはこの湯まで走り、
駅前のA家食堂で沖縄そばを頂いていると、
すでに42.195キロを走り終えた女性ランナーが、
やはり沖縄そばを食べにやってきました。
さわやかな笑顔、
ずいぶん速い。
3時間半で走破したと。
店内も盛り上がる。

うん、来年こそ忘れずに応募して、
参加したい。
店を出ると、
湯本駅前の足湯では、
走り終えた多くのランナーが
疲れた足を放り投げて、
ゆんたく(沖縄語で仲間同士が談笑すること)
していました。
晴天の、
冬のいわきも、
なかなかホットです。

2月12日火曜日は、

Posted in お知らせ on 2月 10th, 2013 by ichiro – Be the first to comment

本来休診日ではありますが、
11日月曜が祝日につき休診のため、
午前10時から13時半まで、
午後15時より19時まで、診療致します。
どうぞよろしくお願い致します。

1月15日火曜日は、

Posted in お知らせ on 1月 6th, 2013 by ichiro – Be the first to comment

本来休診日ではありますが、
14日が祝日(成人の日)で、休診のため、
月曜と同じく19時半までの、診察日といたします。
どうぞよろしくお願い致します。

遅ればせながら、

Posted in ブログ on 1月 6th, 2013 by ichiro – Be the first to comment

平成25年を迎えました。
クリニックすぐ目の前の、
子鍬倉神社(通称けんしゃ)へ初詣。

高校時代、
サッカーがうまくなりたいために、
毎日のように
上り下りした階段。

何段あるのか。
数えようとしても
上がるまでには忘れてしまう
年齢になりました。

おみくじは末吉。
わるくない。
大吉より、
よかれと思える年齢にもなった。

今年の元旦のいわき地方は、
穏やかな晴天に恵まれました。

津波の跡はまだ生々しいけれど、
美しい海だ。

本年もよろしくお願い致します。

大晦日

Posted in ブログ on 12月 31st, 2012 by ichiro – Be the first to comment

イルミネーションといえば表参道かディズニーランドか。
いえいえ、いわき駅前も今年はライトアップされているのです!

原発事故により立ち入り禁止区域とされた
夜ノ森駅前の桜並木を再現しようと、
今年は真冬のさくら祭りが、
いわき駅前を中心に催されています。

私も毎夜仕事の帰りに、
この道を通り、
なんか、
やっぱり、
悪くないです。
ちょぴりだけど、
うきうきします。
ありがたいです。

ありがたい繋がりでもう大晦日ですね。
今年仕事帰り一番世話になった居酒屋さんに貼ってあったのも夜ノ森の桜並木でした。
マスターは、地元で回転寿司店をしていたそうですが、
やはり原発事故で避難を余儀なくされ、
このいわきの地にて、居酒屋をオープンしてくれた。
おかげで今年は、本当においしい焼き鳥をいただきました。
ありがとうございます。
重い疲れが飛びました。

そしてこの焼き鳥の飛びぬけた旨さが、
避難先に勤めた店で、
習得した努力の賜物というから頭が下がる。
不屈の精神にも、乾杯です。
いつか本物のさくら並木の下で、
思いっきり叫ぶことができますように。
「乾杯!」

不登校、ひきこもりと自己愛の傷つき

Posted in コラム on 12月 31st, 2012 by ichiro – Be the first to comment

今年拝聴した講演で印象に残ったもののあとふたつ。

石川憲彦氏による「不登校」についての講演。
これは「たけのこの会」という、いわき市の、不登校児に関わる親の会が中心となって催された。
氏の講演は、何より、子どもたちの本来持つ、生き生きとした生命性、それ自体を大切に育てる、
という視点に基づいており、私の臨床感と通底し、まるで私に話しかけてくれているようにさえ感じられ、うれしかった。
「うつ」とは生命が休むことを必要とする状態。
「不安」とは生命が生存の危機に瀕したときに感じる当たり前の感情とし、
自らを守り、うつや不安を乗り越え、生きるためにはどう工夫すればよいかなど、具体的な内容にも話は及んだ。
何より石川氏自身が、還暦を超える年齢を感じさせぬほど生き生きと話されている姿には、敬服した。
私自身がいのちを吹き込まれたような、すばらしい講演でした。

最後は、暮れ間近に郡山で行われた、市橋秀夫氏の講演。
氏も渋谷区で大きな外来クリニックを開院されている、著名な先生。
「現代のうつ」と「自己愛の病理」について。
パーソナリティ障害の概念を下敷きに、詳しく、わかりやすく話してくださった。
主に、学校や社会で理不尽な目に晒されたときに生じるうつについては、
必ずといって自己愛の傷つきがある。
健全な自己愛の成長とは、傷つき体験によって容易に折れてしまわない、
真に自分自身を大切にできる能力を育むことである。

私も20年に渡る臨床のなかで、
パーソナリティ障害の治療については、かなり熱心に取り組んできた。
現在の(特に若年者の)うつの加療には、こうした成長の概念が欠かせない。
数年前に、自己愛性パーソナリティ障害を題材にした映画「凍える鏡」を監修したことを思い出す。
自己愛とは、しっかりと、自分自身を愛することのできる能力です。
それは誰にでもはじめから無条件に与えられるものではなく、他者とのやり取りを通し、ときには傷つけられながらも、こころから安心を得る体験を通じて、育んでゆくものである。
という話も何度かさせていただいた。
言葉にすると簡単ですが、これは大変な道のりです。
ひとつずつ、一歩ずつです。


写真は2007年公開、映画「凍える鏡」から

年末年始の診察について

Posted in お知らせ on 12月 16th, 2012 by ichiro – Be the first to comment

いわきの冬は風が強く、朝夜は本当に寒くなってきました。
ウィルス性の胃腸炎が増え、喉や咳に来る風邪が増えているようです。

当院の年末年始の診察についてですが、
12月は29日の午後1時半頃まで。
1月は4日の10時からといたします。

なお、26、27、28日は19時半まで。
4日も19時半まで。
5日の土曜日も19時半まで診察いたします。

どうぞよろしくお願いいたします。

寒いのに海岸にはサーファーが出ていました。
穏やかな海です。

「人薬」、「不登校」、「自己愛」

Posted in コラム on 12月 16th, 2012 by ichiro – 3 Comments

今年拝聴した講演のなかで、こころに深く残るものが3つありました。

2月の斉藤環氏による、「社会的ひきこもり」について
11月の石川憲彦氏による、「不登校児との関わり」について
同月の市橋秀夫氏による、「うつ病と自己愛の問題」について

いずれも秀でた精神科医による、優れた講演内容であることはいうまでもないが、

斉藤環氏の講演では、「人薬」という言葉が印象に残った。
氏はひきこもり研究の第一人者で、震災後は原子力発電所に反対する論説をまとめた著書を発表するなど、
おもにラカン派精神分析の英知を基に、精力的な活動を続けておられるが、
臨床のまなざしはあたたかい。
なかでも一番の薬は人間関係、しかも良好な人間関係がもたらすものだとする、
「人薬」の教えには共感した。
いかに、自分が信頼できる人、味方を見つけ出すことができるか。
私も日々の臨床のなかで、繰り返し、繰り返し、言い続けている言葉でもある。
最近は特に、「味方」、ということばが好きになっている。
これはアーチェリーの銀メダリスト、山本博氏が、テレビで言っていた言葉だが、
なぜか、響いた。
学校へいけず、苦しいときに、
ひとりでも仲間になってくれる、友達や先生がいること。
そこから、苦しみの悪循環は突破され、
良好な「人薬」も生まれてくるものなのかもしれない。
たったひとりでもいいのです。

一番の薬が、安心できる人間関係、つまりは「人薬」であることを、
実感できると本当によいです。

つづいて石川氏の話も、すばらしいものでした。
次回にまた続きとさせていただければ助かります。

夢の不思議

Posted in コラム on 12月 16th, 2012 by ichiro – 1 Comment

当日朝、夢を見て、
それが大きな舞台に出かける夢だったもので、
アリオスチケットセンターにコールして、
仕事のあと駆け込んだこのコンサートが、
今年一番の音楽だったかもしれない。

姫神といえば、「神々の黄昏」のテーマ曲で有名だが、
民族音楽のようなプリミティブな楽曲は身体の芯に響き、
途中、「かもめの視線」という、
いわきの海岸線をパラグライダーから撮った映像がバックに流れ、
震災前の美しい塩谷崎灯台や波立海岸が映し出され、
こころを奪われた。

ラストには合唱で、
「いわき・いのちの賛歌」
この日のために姫神氏が作曲してくれた楽曲を、
合唱部の高校生が唄ったのだが、
不登校の生徒なども積極的に受け入れてくださる、
私のよく知った高校の生徒たちも熱唱していて、
思わず涙ぐみそうになった。
年齢のせいも無論ありますが。

それから、以前にも増して、
音楽に乗って夢のなかで、
いわきの海を飛べるようになった。

特に波立から四倉海岸にかけては、
子供のころから繰り返し訪れ、潜った海で、
大好きなエリアだ。
と今度は現実の世界で、
同じ月に二度も国道6号線で、
「かもめの視線」のロゴのワゴンと隣り合った。
よほど車窓を開け、声をかけようと思ったが、
「私もいつも、夢で飛んでいます!」
というのも変な感じがして遠慮した。(当たり前だが)

夢というのは不思議なもので、
見たいものも、見たくないものも、見てしまう性質がある。
だからこそ苦しさや恐怖の感情を、夢は忠実に表現してしまう。
特に精神的な困難が回復してゆく過程において、
夢を見ることのできる能力は鮮やかに回復してゆく。
やがて苦しみの夢が悲しみの性質を帯びるとき、希望のひかりが見えてくる。

ゆき詰まった状態のときほど、
私が夢分析を大切にする理由でもある。

うむい宮古島

Posted in ブログ on 12月 16th, 2012 by ichiro – 1 Comment

宮古島の有志が福島の子供たちを宮古島に招待しようと、
チームを組んで来年のカレンダーを作っている。
「うむい宮古島」
笑顔カレンダーだ。
島のひとたちのとびっきりの笑顔と
熱い「うむい(思い)」が込められたカレンダーが、
宮古島を中心に発売されている。

島在住でカメラマンの友人が、
チームのメンバーを連れ、
いわきまで訪れてくれたのが、確か
10月の末。
彼らの真剣な「うむい」をお聞きし、
あつい中年パワーにうれしくなった。

できあがったカレンダーは、
手作りのぬくもりに溢れている。
福島のはるか彼方の南国で、
私たちのことを思い、
動いている人がいるということだ。

福島と沖縄は負の側面だけでなく、
意外な共通点も多く、
特にいわきの「じゃんがら」がエイサーの起源であるという話など、
不思議な結びつきを感じるのは私だけではないだろう。

この夏、私も微力ながら、
大好きな沖縄の地にて、
この結びつきについて、話をさせていただいたことを思い出す。
基地問題と原子力の問題。
簡単ではないが、沖縄と福島が、ちからを合わせることができればありがたい。

それにしても、この宮古島の写真は今日のものであるらしいが、
気温25℃とある。
なんとうらやましい。
まあ今日のいわきは比較的暖かく、
私も休日、最大の娯楽である、
日帰り温泉に入ってきたから、身も心も暖かいが。

いずれまた「うむい宮古島」のメンバーや宮古の子供たちが訪れてくれたら、
今度は、この寒い中入る温泉の醍醐味を紹介しよう。
熱い湯のなか、熱い「うむい(思い)」を分かち合おう。

いわき七峰縦走

Posted in ブログ on 12月 16th, 2012 by ichiro – Be the first to comment

12月2日の日曜日
いわき山岳協会主催の七峰縦走に参加した。

陽の出とともに湯の岳を出発し、
天狗山、三大明神山、二つ石山とめぐる。
前日の雪でぬかるみ、何度もすべって転んだが、
そのぶん景色には恵まれました。

清流の水を補給するとき、
放射能を意識したのは、悲しかったですが。

一度国道49号を渡り、閼伽井岳を経て、水石山へ。

ここからはいわき市街の向こう太平洋にいたるまで、広大なパノラマが見渡せる。
逆にいえば、小さい頃通った小学校からも自宅からも、どこからも水石山は見えたものだ。
よくここで橇あそびをした。
遠足も来た。
中学生のときは、ここまで自転車でスピードを競い、死に物ぐるいで漕いで登り、この場所で、当時オープンしたばかりの「ほっかほっか亭」からあげ弁当を食べたものだ。
うまかった。

山頂に設置された測定器によれば、放射能は0.125ほど。
そんなには高くない。
左手の山の向こうには第1、第2が、
あることを意識せざるをえない。

そして剣が峰を経て、8時間でゴール。

30㌔ 高低差1400m。
足はぱんぱん。膝はがくがく。

明日は筋肉痛に間違いないが、
いわきの自然から、
澄んだエネルギーをいただいた。

山岳会の方々の励ましと、
ゴールの甘酒、ありがとうございました。

無事、開院から1年を迎えました。

Posted in ブログ on 12月 8th, 2012 by ichiro – Be the first to comment

おかげさまで、当院は本年12月1日をもちまして、無事開院から1年を迎えることができました。
震災でスタートが大幅に遅れ、一時はどうなることかと思いましたが、
まずはじめの一区切りを迎えられましたことにほっとするとともに、
ご協力いただいた多くの方々に、感謝いたします。
混雑し待ち時間が発生するなど、ご迷惑をおかけした日も多いですが、
少しでも工夫し、問題点を改善してゆければと思っております。
今後ともよろしくお願い致します。

草野心平記念館からの、いわきの空です。

修復を終えた、白水阿弥陀堂。

紅葉がきれいでした。
いずれもみなさまに教えていただいた場所です。

少しでも、こころに笑顔が戻りますように。

スタッフ募集のお知らせ

Posted in お知らせ on 12月 8th, 2012 by ichiro – 2 Comments

当院では、さらなる医療環境充実のため、
来年度4月より、看護師1名、臨床心理士1名、医療事務1名を、新規採用することに致しました。
4月より早い時期での採用も可能です。
その他、精神保健福祉士、社会福祉士など、有資格者は優遇致します。
週1日からの、非常勤勤務も、ご相談に応じます。
ご興味のございます方は、当ホームページ(問い合わせページ)より、
お気軽にお問い合わせください。
折り返しご連絡いたします。
    
  

募集は終了いたしました。
なお、臨床心理士に関しましては、
非常勤を主に、随時採用の可能性がございますので、
お気軽にお問い合わせください。

ありがとう。松が丘公園の遊具たち。

Posted in ブログ on 11月 6th, 2012 by ichiro – Be the first to comment

クリニック傍の松が丘公園にある遊具が撤去されてしまうという。
幼稚園の頃、初めてできた友達と毎日のように通った公園。
ロックなどないから登り切ったところで扉が内側からも開いてしまい、泣きそうなくらいこわかった観覧車はとうになくなっているが、
中2のとき女子とふたりで乗った甘酸っぱいサイクルモノレールや、
なんといっても名物桜並木のトンネルを2周する豆汽車も見納めだという。

またひとつ昭和の面影が去ってゆく。
でも記念イベントでは次の世代の子供たちが青空のもと、
いっしょうけんめい大道芸に見入っていた。

震災で崩れ、動かぬまま撤去となる遊具たちはさみしい限りで、
設置された線量計だけが真新しく、0.140マイクロシーベルトの値を示しているのが現況だが、
公園が閉鎖されたわけではないので、気を取り直す。

ありがとう。遊具たち。
昔は熊や猿や鹿もいた公園だよ。
なつかしい写真も園内に飾られ、
目をひいたのは観覧車にある「大黒屋」(いわき最大のデパートだった)の広告と、
いろとりどりのカラ―の象が回転する遊具だ。
なんというか、その象さんの、木でできているが故ぎしぎしときしむような感触を、
いま鮮明に思い出したよ。

「失われたときを求めて」ではないが、
あのペンキが剥げたようなカラーの象に乗っていた時の、
一番安全な遊具でもあったあの象にしか乗れず、
それでもこわくて象さんにしがみついていたときの、
まさにそのとき木のわくを握りしめた手触りを、
思い出すのです。